受刑生活日記…のようなもの(2014/6/26~2014/6/29)
- 6/26
配役。訓練工場3棟下12→12工場2棟下61
新しい工場に配役になった。12工場(この辺の2階)だって。(ちなみに、訓練工場はこの辺(1階)だった)結局ここに、最後まで在籍することになる。
ちなみに、作ったものを外部に収めてる工場で、加古川刑務所の稼ぎ頭、らしい。
作っているのは、ヘルメットの内側のひも(通称ハンモックという)とか安全帯とか、そういう保安用具関係の縫物。この会社に納めてるらしい。
居室も変わって、2下61。狭い、本当の一人部屋だ。
超自信なし。洗濯のことはわかった、と思う。風呂、大丈夫かなぁ。
色々ルール(洗濯のこと、食事のこと、居室と工場行き帰りのこと、など)教えられたけど…
注意: いっぱい。椅子のしまい忘れに注意
環境変わっただけあって、色々注意されたけど、覚えきれない。席を立つとき椅子のしまい忘れ注意されたのは覚えてるけど。 - 6/27
風呂、15工場の人2人と、3人で1人ずつ。
工場が変わって初めての風呂の日。よその工場 - 15工場の人と一緒になった。向こうは2人で合計3人。
ちなみに風呂は工場作業が終わってから、居室に戻る前に行くんだけど、この間、もちろん交談禁止。どういう事情で個別入浴なのか聞きたいけど、そうもいかないしもやもや。イケるかどうかでいえば、普通というかどちらでもない感じなので、どうでもいいっちゃぁ、どうでもいいんだけど。
工場、デコパット作成開始。(グレー3、黒7) 表、書いてない。にしても難しすぎる。
この日から本格的に製品を作る作業開始。デコパットというやつだけど、難しい。やってける自信が全然ない。
なお、毎日、この日1日何をどれだけやったか記入しなきゃいけないんだけど、この日は書けなかった。(色々テンパってた)
注意: いっぱい。整列時、前との間隔気を付ける。
この日もいっぱい注意されたけど、覚えてるのは、整列時の前の人との間隔の取り方。
Sくんと仲良く話せた。まだまだ、もっとたくさんの人と。
昼休みや休憩時間に、食堂で周りの人と少し話しできた。こういうところだから、相手のことどれだけ聞いてもいいのか、自分のことどれだけ出してもいいのか、距離感が図り切れず、付き合い方難しいなぁ。 - 6/28
休日。
12工場配役になってから初めての免業日。
「配茶」で本とかしまわなければならない?―多分、室内作業者のマニュアル
居室には、居室での過ごし方のマニュアルが備え付けられてるんだけど、室内作業者用の物らしく(2寮は処遇独居用なんで、元々ほぼ室内作業者用なんだと思う)、どうも実態にそぐわない。
基本無視して、何か言われたら直していこう。
官本、2冊とも読了。「BOYS BE…」論外。流し読み。「友よ、また逢おう」(村上龍、坂本龍一)初出は1992年。バブル真っただ中。当時はこんな言説も許されたんだなぁ。今なら総スカンだろ。
部屋に備え付けられていた官本、2冊とも読み終えてしまう。(まだ借りる本、自分で選べない)
「BOYS BE…」備え付けられてたから仕方なく読んだけど、あかんわ。この手のコミック耐えられない。
「友よ、また逢おう」今なら、大炎上案件。
教養ビデオは植村直己のドキュメンタリー。いいな、これは。もう少し長尺でじっくり掘り下げたやつを見てみたい。いや、この「ちょっと物足りない」感がいいのか。
土曜日は「教養ビデオ鑑賞」と称して、朝9時からの1~2時間、刑務所側が予め用意した録画番組を見ることになってるんだけど、この日は植村直己のドキュメンタリー。僕にしてはめずらしく、絶賛コメント(これでもw)残してるな。
午睡は珍しく熟睡。今晩、寝られるかな?
珍しく午睡で熟睡してしまう。 - 6/29
無線工学A完。
持ってきた勉強の本「無線工学A」読了。
掃除、全。
部屋の掃除、ほぼ丸々やった。
明日夏服?もらってないけど…不安→安心
月曜のことがわからなかったけど、途中で解決したんだと思う。何があったのか、もう覚えていない。
FMO(TFM)のアベレイジ、うざい。ラジオのチャンネルは変えられないの、苦痛。あまりに保守的な男女観、垂れ流しすぎ。
テレビのない時間帯も放送用スピーカーからラジオがずっと流れてるんだけど、ラジオは自分でチャンネル変えられないから、時として苦痛になる。
日曜の夕方、とりわけ不快なのがTFM系の「安部礼司」
「普通、普通」といいながら、そのあまりにも保守的な価値観にイライラしまくり。
こういう環境でなければ、そもそも、「聴かなければいい」んだけど、そうもいかないしなぁ。